« 山中 | トップページ | 風景写真 »

生きてない

古賀で打合せの際、相手待ちの時間が出来たので海際で一休みすることに。
そういえば古賀の海際がどうなっていたか覚えてません。
学生時代の海水浴は、新宮か津屋崎の浜に行くことはあっても、古賀でどうこうした記憶はないなあ。そういえば宮地岳線沿線にゴルフ場があったかも。

といった感じで最寄の浜に。非常に海岸に出にくいです。これは津屋崎以北、岡垣までの海岸にも共通している。海岸までの松林が生活用の林(炊き付けの松葉を取るとか)だったとか、そういうストーリーがあるのかな。住宅の間の細い道を通らないといけないし、外来者相手の駐車場も用意されていません。
津屋崎の場合は宮地嶽神社のお潮取りの影響か、海岸が比較的開けたスペースになっているのとは対照的です。

Kogaumi
で、古賀の海です。この写真ではわかりづらいかもしれないけど、向こうには作業中のユンボが見えますね。すぐ左には中途半端に作られて中途半端に砂に埋もれた、デザインされた護岸。なにやら哀愁が漂っています。
付近の看板を見ると、どうやら車でやってくる人のマナーが悪かったのか、車両の立ち入りを禁止したとのこと。まあ、それ自体は問題ないのですけどね。

Kogamatsu

で、写真右の松林です。下草が目立ちますね。また広葉樹の苗が育っている感もあります。中途半端に人手を食うし、松自体の力も弱まるので松くい虫の防虫のための殺虫剤散布がなされる要因となります。

自然のなすがままにするのなら、松林を諦めて放置するという手もあるかもですね。手を入れなければ結構早いペースで広葉樹に切り替わると思います。果物のなる木を少し増してやるのも面白いかも。

もし松原を残すならば、下草や落ち葉をバイオマス燃料にすべしですね。綺麗にすれば松くい虫用の殺虫剤も不要になるほど松の生命力は高まるし、そのうち松露も生えるようになるでしょう。

ともかく、海も林も中途半端ですね。上記2つのいずれでも生き生きとした風景と恩恵が得られるようになるはず。今のままではだめですよ。

この間話した唐津の人も、松原のことで嘆いていたなあ。有効に生かせば、古賀の比でないほどの恩恵があるだろうに。エネルギーも、観光資源としての価値も。

|

« 山中 | トップページ | 風景写真 »

「環境」カテゴリの記事

コメント

僕も写真を撮る身として同感ですね

手を加えたからには最後までやってもらいたいですね

投稿: kyou | 2008年4月23日 (水) 02時34分

kyouさんこんにちわ。

長期的なビジョンを立てて、海際の景観と自然を改善していくことが出来れば思うんですけどね。
担当も目の前の仕事を行って、次々に代替わりすると思うので、一貫性は生まれようがないです。

古賀、津屋崎あたりの一部だけでも、松林の「地方自治」の実証をやってみると面白そうですけどね。
宮地岳線が廃止された関係で、そういう試みが行いやすく(地元の方に迷惑をかけずに松林付近に入ることが出来る)なっていると思いますし。

投稿: やすだ | 2008年4月23日 (水) 12時22分

おっと、とてもローカルなことを書いてしまいました。
kyouさんのホームページの写真いいですね。
自分の代わりに北海道の道東、神の子池に行って
オショロコマの写真を撮ってきてもらいたいものです(また突拍子もないことを書いてしまった)

投稿: やすだ(サイト主) | 2008年4月25日 (金) 01時42分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 生きてない:

« 山中 | トップページ | 風景写真 »